2018年3月18日日曜日

歴博友の会 in 明浜町

 所属している愛媛県歴史文化資料館友の会の現地研修会が行われた。今回は、「四国西予ジオパーク巡り明浜町編」である。
 総勢30名ばかりであろうか。9時に歴博を出発して最初「俵津文楽会館」を訪れた。以前、卯之町末光家で行われた上演を見たり、友人のFBにアップされていた人形を見たりすることで興味がわいていた。
 ひとたび人形遣いが人形を持ち上げると、まるで命を吹き込まれたかのように生き生きとした表情に変わってくる。本当に不思議な一瞬である。
 浄瑠璃や文楽は、人間の義理人情の世界を描き出した世界である思っている。最近、日常生活の中でも「義理人情の世界」が、なおざりにされてきているように感じている。
どれも見事な頭である。
衣装の中には、復元不可能な物があるとか・。
狩浜のだんだん畑と集落
春の香り満載!!海も輝いてきた!
ここの石垣は、石灰岩でできている。
遊子水荷浦段畑の石は全て海岸から持ち上がった石だが、
狩浜だんだん畑に石はそんな苦労なしに築いたと言われていた。
消石灰を作って商売をしていた所だから、たくさんの石灰岩があった。
3.11東日本大震災の日に、城川町に届いた「かまぼこ板の絵」の
お礼にミカンを送った。
食べたミカンの中の種を育てたところ、芽吹き育ってきた。


その事を聞いた狩浜の人たちが、苗を引き取り接ぎ木をして育てている。
立派に成木となり実を付けることを願っている。








2 件のコメント:

  1. 文楽の歴史は面白い。愛媛には五つの人形浄瑠璃が伝わっているとか?岡崎、大本両先生が詳しいですね。近くでは鬼北文楽があります。子どもたちが継承していると思うのですが・・・デコ人形の頭も展示していますね。日本の古典芸能、継続して欲しい。狩江の段畑も生活感あふれ良いですね。

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    1. 鬼城様 ありがとうございます。
       私もゆっくりと文楽の人形を見ることができました。とても裕福な時間を過ごせたように思います。
       貴公子さんも疑問に思ったことなのですが、「どうして鬼北や明浜など阿淡路文楽から遠く離れた地で発達したのか。南予よりも近い東予で発達しなかったのか。」ということでした。大本さんによると「南予は、娯楽が少なく比較的経済にゆとりがあったので文楽を発達することができた。一方東予は、淡路や阿波に近く自分たちでやらなくても見に行くことができた。」ということでした。答えを聞いて納得することができました。 

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