鵜飼い船に乗って撮影をするというので、一枚噛ましてもらった。集合場所は、大洲まちの駅「あさもや」だった。
少し早く着いたのであさもやの周りを撮影して回った。取り留めのない写真である。
「画像は、ブログ管理者に帰属します。無断での使用は、固くお断りします。」
午前中は栗畑で撮影して、美味しいおそばをいただいた後、石畳の象徴的な風景を撮影して回った。
息子たちが幼稚園の頃だったと思うが、水車小屋周辺で水車まつりが行われたので出かけて行ったことがある。現在とは、少し様子が変わってはいるが、それでも里山の景観を残している。
柱状節理が路頭している場所があると聞いて、探したのだが見つけることができない。今回は、お願いして案内してもらった。私が想像していた場所とは全く違っていた。これでは分からないはずだと思った。水車小屋から弓削神社に行く道の途中から脇道に入り、しばらく走ったところにあった。柱状節理の場所からも弓削神社に行くことができる。
そばが植えてあるのは、標高が高く最高気温が低いからであろう。ちょうどソバの花が満開で、東のシダレザクラとからめて撮影できた。
弓削神社は、サクラの頃しか撮影にこないのでこの時期の新鮮であった。特にご神木が社殿の後ろ側にあることを初めて知ることができた。本当に巨木である。
馬蹄形の棚田が有り、稲刈り直前であったの黄金色に輝く田んぼが撮影できた。
次回の石畳でのワークショップは、10月24日である。
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| 現在残っている水車は一基だけである。 |
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| 残念ヒガンバナには、少し早かったようだ。 |
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| 見事な柱状節理である。 |
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| 東のシダレザクラの前のソバ畑 |
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| 今年も美味しいソバになることだろう。 |
町づくり写真家河野達郎さんが主催するワークショップが、内子町石畳地区で行われた。
当日は、昨夜からの雨が残り、足元の悪くカメラが濡れるという感じだった。石畳の宿で石畳地区の説明をされている間に雨も上がり、撮影には最高の天気になった。曇りの日は、コントラストが弱く設定を細かく変更することが少ないので私にはとても助かる。
石畳地区には、高校の同級生が数人いたのだけれど、卒業アルバムを見ても今となっては名前も顔も思い出すことができない。なにせ56年も前のことである。
この石畳は、東のシダレザクラや弓削神社、水車小屋などが有名で多くのカメラマンが訪れる場所である。
愛媛県は、栗の生産全国第3位なのである。そんな愛媛県の中にあって、県内一の生産量を誇るのが内子・大洲管内なのである。その中にあって石畳地区の生産量は、トップクラスの年間およそ60トンを超えている。この石畳地区は、栗の一大産地なのである。
今の石畳の栗を作り上げたのは、「若手栗農家7人のサムライ」たちである。栗の匠と呼ばれる伊藤直弥さんとの出会いが一大転機となって、「超低樹高栽培法」に基づく「バランス栽培」を導入した結果が、今の石畳地区の栗づくりである。(冊子「背山臨水(はいざんりんすい)」より抜粋)
今回のワークショップは、そのメンバーの一人の園地におじゃまして撮影するというものであった。
なにせ初めて撮影する被写体なので、どう構図を作ったらいいのか分からず、河野さんのアドバイスを聞きながらの撮影であった。
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| 雨も上がりガスが上がって行く。 |
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| この状態が、収穫の目安だそうだ。 |
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| 人を入れて撮影するのが苦手なので・・・。 |
満開になっているが、まだ大丈夫だろうと先延ばししていると、撮影に行った時は終わりかけている。こんなことがよくある。これは、きっと「カメラマンあるある。」だろうと、勝手に思っている。
そんな時は、「私が行った時が、一番良い時なのだ!」と、思ったり、「悪い時に一番良い構図で撮影するのがカメラマンだ。」と、考えたりする自分がいる。
第42番札所仏木寺のサルスベリの花もそのような感じになってしまった。
自動車道を通りながら見えるサルスベリを見て「まだ大丈夫だ!まだまだ大丈夫だ!!」と、先伸ばしていたら・・・(;_;)
生来のめんどくさがり屋が、頭をもたげた結果である。来年こそは、盛りの頃に撮影に入ろうと思ってはいるが、きっと鬼が笑っているだろう。
ご本尊の大日如来様申し訳ありません。
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| 鐘楼の横にあるサルスベリ |
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| 下から見上げると白い塀とマッチしている。 |
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| 鐘楼とも良い感じになる。 |
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| 大きな山門を入れて見た。 |
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| サルスベリの花はかなり長く持つのだが、かなり痛んでいる。 |
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| 静かな空気が流れている。 |
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| 人気のない境内 |
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| といっても、時折お遍路さんが参拝に来る。 |
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| モミジの紅葉は、11月下旬頃だろう。 |
開山法要は、国指定重要文化財「仏殿」で行われた。
如法寺の伽藍の配置は、私にはよく分かっていなかった。如法寺の大きな屋根のところが本堂だと思っていたら、本堂と呼ばれるのは「仏殿」だということを聞いた 。仏殿は、座禅をするところだと思っていたので少し違和感があった。
今年は、近隣の臨済宗の寺院から住職が7人集まって法要が行われた。木之元住職によると7人という数は、少ないのだそうだ。現在、無住職のお寺さんが増えているので仕方がないのかもしれない。
「法要に邪魔にならなければ、自由に動いて撮影してかまいませんよ。」と、許可が出ているのでありがたいことである。
もう少し多くの檀家さんが集まるのかと思っていたら、10人にも満たない数であった。
11時から盤渓禅師の坐像が置かれている前で法要が行われた。特別なことが行われるのではなく、読経に始まり読経で終わるという感じだった。ただ、計8人の住職が唱える読経は、胸に響くものがあった。
最後に、大洲加藤藩2代当主の加藤安興公位牌に焼香して法要は終了した。
短い時間だったが、密度の濃い法要であった。
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| 仏堂内部 左右に座禅をする場所がある。 大日如来右側に盤渓禅師坐像、左側に加藤泰興公坐像 |
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| 説明文が掲げられている。 |
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| 盤渓禅師坐像 |
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| 奥の座禅をする場所に檀家の皆さんが着座されている。 |
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| 木之元住職の読経 |
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| その2 |
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| その3 |
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| その4 |
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| 参加僧侶全員による読経 素晴らしいものである。 |
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| 泰興公の位牌を墓石に見立てて焼香をして行く。 |