10/05/2026

天赦園の彼岸花

  天赦園もアジサイが終わると、撮影しなければいけないものが減ってしまう。こんな時にしっかり被写体を見つけて撮影できるのが、プロと言われる人たちなのであろう。私にはなかなかできない芸当である。そうすると夏場は、天赦園から足が遠のいてしまう。(今年は、「竹に雀の竹あかり」が、あったのでよかった。)

 次の被写体は、彼岸花である。ここもお彼岸の頃になるとキッチリ咲いてくれる。

 ただ難しいのは、天赦園で撮影したと分かる撮影がなかなかできないことである。建物がは入る場所で咲いてくれれば一番いいのだが、そうも言ってはいられない。試行錯誤して撮影した。

ヒガンバナではないらしいが、
白いヒガンバナが後ろに咲いている。
白いヒガンバナの花数も、次第に増えてきた。
それに伴い、赤いヒガンバナの数が少なくなってきた。
潜淵館をバックにした。
正式にはショウキズイセンという別種のヒガンバナの仲間だ。
白玉フジの棚をバックにした。
一応工夫して撮影した。
青空は、池に映り込んでいる空
開花時期は、一番よかった。
数は少ないが、秋の訪れを感じさせてくれた。


10/03/2026

石畳点描その後

  石畳での写真講座が終わって5日が経ったので、水車小屋周辺のヒガンバナも咲いているだろう。また、棚田も稲刈りが始まっているだろうと出かけてみた。

 水車小屋周辺のヒガンバナは、水車とからめづらい場所に咲いているので、なかなか撮影は難しい。仕方がないので、適当に撮影した。

 弓削神社近くの棚田は、稲刈りが始まったばかりだった。若干、田の水はけがよくないようで稲刈り機での作業は、すんなりとは行かないようだ。

 それでも期待以上の撮れ高になった。

この方向から撮影するのがやっとだった。
無理をして病院送りになるといけないので諦めた。
ヒガンバナは、良い状態だったのだが・・・。
移動途中に見つけた白いヒガンバナ

              手前の方が少し、青いように感じたが・・。
中心に近づくにつれ、田んぼが柔らかくなってきたようだ。
機械が入りやすいように手で稲刈りをする。
おばさんは、しばらく休憩のようだ。
秋だな~!と感じる1
秋だな~!と感じる2


10/02/2026

大洲の鵜飼い2

  鏡のような水面でも、船頭さんの船を操ることで船が揺れる。船の撮影で何が難しいかというとレベルをいかに取るかということである。

 私が一番苦手にしているのが、水平線をしっかり水平に撮影するということである。これがしっかりできるようになれば、船中からの撮影はクリアーできるようになると思っている。

 小刻みに揺れる鵜飼い船から撮影するというのは想像以上に難しい。まして、鵜が潜り始めるとそちらに気を取られて、レベルのことを忘れてしまうのである。思っていた以上に興奮する。

 今回は、初めての撮影なのでやや広めに撮影しておいて現像の時に大修正をした。

 鵜舟に付いていた屋形船の乗船客も大興奮で、鵜の名前を呼んで応援したり、鵜が鮎をくわえて上がってきたりすると拍手喝采である。楽しい時間を過ごすことができた。

 今回、鵜が鮎をくわえている姿を一枚も撮影することができなかった。来年までの課題にしておこう。

興奮して、レベル&ピントを合わせるのができなかった。
やはり明るいレンズで撮影しないと・・・。
この近さで見られるのだから興奮するね~。

タイミングを取るのも難しい。
同じような写真になってしまった。
鵜のくちばしはかなり鋭く、手を出さないように指示が出る。
鵜一匹が、数十万円するので大切に扱っている。

単純な作業だが、見てるとハマってしまう。
大洲城下で終わりになる。


9/30/2026

大洲の鵜飼い1

  73年間、一度も乗船したことがない鵜飼い船である。カメラを始めてから、一度鵜飼い船に乗船して撮影したいと思っていた。また、陸から鵜飼い船を狙うのも面白いだろうと考えていた。
 町づくり写真家河野達郎さんが、以前に「鵜飼い船に乗船して撮影会をしたい。」と言われていた。たまたま石畳での撮影会の時、その話が出たので加わらせてもらった。
 最初は、まちの駅「あさもや」に集合して、臥龍山荘下から鵜飼い船に乗る予定だったが、川底が浅くなっているというので、鵜を飼っている場所の近くの川原から乗船することになった。
 バスで、そこまで移動し鵜飼い見物船に乗り込み、ゆっくりと肱川を下って行く。
 河野さんの話によると、鵜飼いを見物できる場所は5ヶ所あり、どの見物船がどの番号の所で鵜飼いを見るかは決まっているそうだ。その場所に行くまでは、のんびりと船下りを楽しむのである。
 今回私たちは、最後の所で鵜飼いを撮影することになる。ちょうど大洲大橋の下流域、大洲城がはっきり見える場所である。
 因みに、船頭さんが言われたのは、「鵜飼い船のなかで食事をする場合、できるだけ早く食べてください。」と、いうことであった。これは、鵜飼い船の明かりにカゲロウが集まり弁当がカゲロウだらけになるからだ。
決められた屋形船に乗り込む。
船頭さんが櫓を漕いでゆっくりと進む
船内では、食事をしたりお酒を飲んだりして過ごす。
全部で7隻の屋形船が出ていた。
日本全国で大洲のような形で鵜飼いが
行われているところはないそうだ。

河野さんのアドバイスで錨を入れて撮影した。
どうして青色のライトなのかとクレームが付いたそうだ。
それは、青色発光ダイオードを発見した
中村修二さんが大洲に関係がある方だから。
因みに、河野さんは大洲高校で中村さんと同じ学年だったそうだ。

これも河野さんのアドバイスで撮影した。


9/28/2026

大洲点描

  鵜飼い船に乗って撮影をするというので、一枚噛ましてもらった。集合場所は、大洲まちの駅「あさもや」だった。

 少し早く着いたのであさもやの周りを撮影して回った。取り留めのない写真である。

PLフィルターを付けてなかった。
急いで付けたが、あまり大きな変化はなかった。
遠くに一緒に乗船する女性がいた。
大洲神社へ続く石段

真直ぐ行くとおおず赤煉瓦館に行く。
真っ直ぐ行くとR56に出る。
あさもやの隣に教会がある。気が付かなかった。






9/27/2026

石畳点描

  午前中は栗畑で撮影して、美味しいおそばをいただいた後、石畳の象徴的な風景を撮影して回った。

 息子たちが幼稚園の頃だったと思うが、水車小屋周辺で水車まつりが行われたので出かけて行ったことがある。現在とは、少し様子が変わってはいるが、それでも里山の景観を残している。

 柱状節理が路頭している場所があると聞いて、探したのだが見つけることができない。今回は、お願いして案内してもらった。私が想像していた場所とは全く違っていた。これでは分からないはずだと思った。水車小屋から弓削神社に行く道の途中から脇道に入り、しばらく走ったところにあった。柱状節理の場所からも弓削神社に行くことができる。

 そばが植えてあるのは、標高が高く最高気温が低いからであろう。ちょうどソバの花が満開で、東のシダレザクラとからめて撮影できた。

 弓削神社は、サクラの頃しか撮影にこないのでこの時期の新鮮であった。特にご神木が社殿の後ろ側にあることを初めて知ることができた。本当に巨木である。

 馬蹄形の棚田が有り、稲刈り直前であったの黄金色に輝く田んぼが撮影できた。

 次回の石畳でのワークショップは、10月24日である。

現在残っている水車は一基だけである。

残念ヒガンバナには、少し早かったようだ。


見事な柱状節理である。

地域の人は、割れた柱状節理を自宅に持ち帰り、
庭の飛び石として利用しているそうだ。

東のシダレザクラの前のソバ畑
今年も美味しいソバになることだろう。

弓削神社に通じる屋根付き橋
この橋を渡って参拝する。
とても大きいご神木 見事である!


豊かに実っている棚田