10/02/2026

大洲の鵜飼い2

  鏡のような水面でも、船頭さんの船を操ることで船が揺れる。船の撮影で何が難しいかというとレベルをいかに取るかということである。

 私が一番苦手にしているのが、水平線をしっかり水平に撮影するということである。これがしっかりできるようになれば、船中からの撮影はクリアーできるようになると思っている。

 小刻みに揺れる鵜飼い船から撮影するというのは想像以上に難しい。まして、鵜が潜り始めるとそちらに気を取られて、レベルのことを忘れてしまうのである。思っていた以上に興奮する。

 今回は、初めての撮影なのでやや広めに撮影しておいて現像の時に大修正をした。

 鵜舟に付いていた屋形船の乗船客も大興奮で、鵜の名前を呼んで応援したり、鵜が鮎をくわえて上がってきたりすると拍手喝采である。楽しい時間を過ごすことができた。

 今回、鵜が鮎をくわえている姿を一枚も撮影することができなかった。来年までの課題にしておこう。

興奮して、レベル&ピントを合わせるのができなかった。
やはり明るいレンズで撮影しないと・・・。
この近さで見られるのだから興奮するね~。

タイミングを取るのも難しい。
同じような写真になってしまった。
鵜のくちばしはかなり鋭く、手を出さないように指示が出る。
鵜一匹が、数十万円するので大切に扱っている。

単純な作業だが、見てるとハマってしまう。
大洲城下で終わりになる。


9/30/2026

大洲の鵜飼い1

  73年間、一度も乗船したことがない鵜飼い船である。カメラを始めてから、一度鵜飼い船に乗船して撮影したいと思っていた。また、陸から鵜飼い船を狙うのも面白いだろうと考えていた。
 町づくり写真家河野達郎さんが、以前に「鵜飼い船に乗船して撮影会をしたい。」と言われていた。たまたま石畳での撮影会の時、その話が出たので加わらせてもらった。
 最初は、まちの駅「あさもや」に集合して、臥龍山荘下から鵜飼い船に乗る予定だったが、川底が浅くなっているというので、鵜を飼っている場所の近くの川原から乗船することになった。
 バスで、そこまで移動し鵜飼い見物船に乗り込み、ゆっくりと肱川を下って行く。
 河野さんの話によると、鵜飼いを見物できる場所は5ヶ所あり、どの見物船がどの番号の所で鵜飼いを見るかは決まっているそうだ。その場所に行くまでは、のんびりと船下りを楽しむのである。
 今回私たちは、最後の所で鵜飼いを撮影することになる。ちょうど大洲大橋の下流域、大洲城がはっきり見える場所である。
 因みに、船頭さんが言われたのは、「鵜飼い船のなかで食事をする場合、できるだけ早く食べてください。」と、いうことであった。これは、鵜飼い船の明かりにカゲロウが集まり弁当がカゲロウだらけになるからだ。
決められた屋形船に乗り込む。
船頭さんが櫓を漕いでゆっくりと進む
船内では、食事をしたりお酒を飲んだりして過ごす。
全部で7隻の屋形船が出ていた。
日本全国で大洲のような形で鵜飼いが
行われているところはないそうだ。

河野さんのアドバイスで錨を入れて撮影した。
どうして青色のライトなのかとクレームが付いたそうだ。
それは、青色発光ダイオードを発見した
中村修二さんが大洲に関係がある方だから。
因みに、河野さんは大洲高校で中村さんと同じ学年だったそうだ。

これも河野さんのアドバイスで撮影した。


9/28/2026

大洲点描

  鵜飼い船に乗って撮影をするというので、一枚噛ましてもらった。集合場所は、大洲まちの駅「あさもや」だった。

 少し早く着いたのであさもやの周りを撮影して回った。取り留めのない写真である。

PLフィルターを付けてなかった。
急いで付けたが、あまり大きな変化はなかった。
遠くに一緒に乗船する女性がいた。
大洲神社へ続く石段

真直ぐ行くとおおず赤煉瓦館に行く。
真っ直ぐ行くとR56に出る。
あさもやの隣に教会がある。気が付かなかった。






9/27/2026

石畳点描

  午前中は栗畑で撮影して、美味しいおそばをいただいた後、石畳の象徴的な風景を撮影して回った。

 息子たちが幼稚園の頃だったと思うが、水車小屋周辺で水車まつりが行われたので出かけて行ったことがある。現在とは、少し様子が変わってはいるが、それでも里山の景観を残している。

 柱状節理が路頭している場所があると聞いて、探したのだが見つけることができない。今回は、お願いして案内してもらった。私が想像していた場所とは全く違っていた。これでは分からないはずだと思った。水車小屋から弓削神社に行く道の途中から脇道に入り、しばらく走ったところにあった。柱状節理の場所からも弓削神社に行くことができる。

 そばが植えてあるのは、標高が高く最高気温が低いからであろう。ちょうどソバの花が満開で、東のシダレザクラとからめて撮影できた。

 弓削神社は、サクラの頃しか撮影にこないのでこの時期の新鮮であった。特にご神木が社殿の後ろ側にあることを初めて知ることができた。本当に巨木である。

 馬蹄形の棚田が有り、稲刈り直前であったの黄金色に輝く田んぼが撮影できた。

 次回の石畳でのワークショップは、10月24日である。

現在残っている水車は一基だけである。

残念ヒガンバナには、少し早かったようだ。


見事な柱状節理である。

地域の人は、割れた柱状節理を自宅に持ち帰り、
庭の飛び石として利用しているそうだ。

東のシダレザクラの前のソバ畑
今年も美味しいソバになることだろう。

弓削神社に通じる屋根付き橋
この橋を渡って参拝する。
とても大きいご神木 見事である!


豊かに実っている棚田








9/24/2026

9月ワークショップ

  町づくり写真家河野達郎さんが主催するワークショップが、内子町石畳地区で行われた。

 当日は、昨夜からの雨が残り、足元の悪くカメラが濡れるという感じだった。石畳の宿で石畳地区の説明をされている間に雨も上がり、撮影には最高の天気になった。曇りの日は、コントラストが弱く設定を細かく変更することが少ないので私にはとても助かる。

 石畳地区には、高校の同級生が数人いたのだけれど、卒業アルバムを見ても今となっては名前も顔も思い出すことができない。なにせ56年も前のことである。

 この石畳は、東のシダレザクラや弓削神社、水車小屋などが有名で多くのカメラマンが訪れる場所である。

 愛媛県は、栗の生産全国第3位なのである。そんな愛媛県の中にあって、県内一の生産量を誇るのが内子・大洲管内なのである。その中にあって石畳地区の生産量は、トップクラスの年間およそ60トンを超えている。この石畳地区は、栗の一大産地なのである。

 今の石畳の栗を作り上げたのは、「若手栗農家7人のサムライ」たちである。栗の匠と呼ばれる伊藤直弥さんとの出会いが一大転機となって、「超低樹高栽培法」に基づく「バランス栽培」を導入した結果が、今の石畳地区の栗づくりである。(冊子「背山臨水(はいざんりんすい)」より抜粋)

 今回のワークショップは、そのメンバーの一人の園地におじゃまして撮影するというものであった。

 なにせ初めて撮影する被写体なので、どう構図を作ったらいいのか分からず、河野さんのアドバイスを聞きながらの撮影であった。

雨も上がりガスが上がって行く。

ここの栗は、ソフトボールよりも若干大きい。

この状態が、収穫の目安だそうだ。

構図が難しい!

人を入れて撮影するのが苦手なので・・・。

一粒も大きい栗である。若干甘みに欠けるそうだが・・。美味しいそうだ!

参加者をスナップしてみた。

皆さん真剣そのものである。

いろいろ構図を考えて!

街づくり写真家 河野達郎さん


9/21/2026

田丸橋

  内子町石畳を源流に流れ出ているのが、小田川の支流の一つ「麓川」である。この川に架かる橋は、河内(かわのうち)の屋根付き橋「田丸橋」である。

 NHKで製作されたドラマ「坂の上の雲」のロケ地としても有名な橋である。

 この日は、雨が降ったり止んだりだったので、ガスが出るだろうと期待したのですが、霞む程度で残念だった。

 

ガスもここまでだった。


石畳方面は、少しガスっていた。

大洲・喜多地方には、屋根付き橋が多い。


間もなく稲刈りだろう。

渡ると下の板が微妙に動くのドキドキする。

町の文化財であることが記されている。

奥に見える道路が、県道243号で石畳に通じている。
その先は、伊予市上灘に通じる。

川の流れは、穏やかであるが・・。

ひとたび氾濫すると流されていたそうだ。

案内板が、県道に設置されている。